現代の発酵文化復興について考えていること
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ここから2022/10/13のなかじTwitterからの転載
原文はこちら
https://twitter.com/nakaji_minami/status/1580564331137466370?s=46&t=8SAqPm-C2HqYmUb4g94mCw
先日の発酵ツーリズで
北米のブルワーと各国の発酵活動について意見交換していて興味深い話となりました。
民間での発酵を初めは好奇心で始め、楽しさと知的好奇心で探求し、色々と深めていくとどうしてもある道のりにおいては酵母発酵に行き着きます。(もちろん他の微生物を使用した発酵文化と技術も様々ありますが。)
北米ではHomeBrewing(自家醸造)でビール業界が盛り上がり、技術の交換、研鑽、コミュニティ、小規模醸造の起業が起こり、文化的に盛り上がった経緯があります。
日本ではその発酵文化が塞がれた状態のように見えます。
麹で何かしら発酵させたものを自然放置すると、それは最終的に酵母発酵します。その現象を日本では止められているわけです。また同時に日本人特有の同調圧力でルールを相互監視したりしてしまいます。誰のメリットも無いにも関わらずです。
これは日本の発酵文化において致命的なポイントです。
家庭での酵母発酵が公には制限させられている事は、日本の食文化、また民族のアイデンティティにおいて大きな損失です。ここを解決できなければ真の意味で日本の発酵文化は復活は難しいとすら思います。
民間での醸造を国が制限する事は、本来なら個人の尊厳、文化の剥奪を意味します。
例えばフランス、イタリア、ジョージア等(例えとして)、その他の自家醸造にプライドを持った多くの民族や国においても。ある日、突然に市民に「自家醸造を禁止します」と政治家が言えば暴動が確実に起こるでしょう。本来持っている権利を剥奪され、文化を崩壊させるからです。
しかし日本人は優等生的な思考や、村社会の同調圧力で、現行のルールなのだから守るべきで、国のルールを市民が自発的に相互監視し逸脱しないようにします。これは日本人の良い所でもあり、また為政者からは都合の良い側面でもあります。日本人には自分たちが国(ルール)を作るという意識が少ない
本来、もともとの権利を剥奪されている事や、文化を蔑ろにされている事を、より現実的に捉えるべきで、時代的にも明治維新から始まるフェーズを抜け出し(自家醸造の禁止は明治維新を行ったグループから生まれた流れによって日露戦争の戦費のために税収を増やすために計画されました。ここでは日露戦争の可否については論じません)、そろそろ次のフェーズに移っても良いのではと思います。人間的な文化復興です。
しかし醸造には様々な利権や、国の都合が絡み、はい、そうですか。と簡単には進まないことも理解しています。
現実的には、現行の為政者や、管理者、リーダーたちが時間の流れによって時代の表舞台から降りていく事で、ようやく文化的な復興ができるフェーズに移行するのではと思います。時代の意識はその世代が交代しない限り真の意味では変わりません。
今ぼくら民間でできる事は、世代が変わるまでの時間、自らの手元で文化を復興、継承、啓蒙して、生活者としての発酵文化を、市民同士の手で繋いでいく事なのだと考えています。
もし、発酵文化の継承や日本人の発酵文化の復興に力になれる事があれば、いつでもぼくの経験と技術の範囲で貢献したいと思っています。これは私の一生をかけたライフワークです。何か力になれる事があればいつでもご連絡ください。
なかじ
今日はこれから麹の学校でこれからの麦味噌を考える味噌ミーティングです。
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